読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

永田さん①

「今帰ったよー」隆弘はそう言って実家に入った。

 母親の声は聞こえるが、返事がない。

「ああーそうですかー。ありがとうございますー。これで私の老後も安心ですねー」母親の笑い声が聞こえた。誰かと電話しているようだ。

 隆弘は、居間に座って扇風機の前でくつろいでいると電話が終わったようだった。

「おお、隆弘久しぶりだねー。元気にしてた?」

「それなりにぼちぼちやってるよ。誰と電話してたの?」隆弘は聞いた。

「永田さん」

「誰それ?」

「証券会社の人だよ。すごい良い人なんだよー」

 証券会社? 母親は株でもやっているのかと隆弘は不安になった。昔から貯金しかしていない母親に株に関する知識なんかないだろうと隆弘は訝った。

「かあさん、株やってるの?」

「株じゃないよ。社債ってやつ? 損することないんだって」

「まあそうだけど。社債ってその会社がつぶれたらお金返って来ないんだよ? それはわかってる?」

「大丈夫よ。高田電気の社債だからつぶれるなんて心配しなくていいって永田さんが言ってたんだよ」

 まあそれほどの大企業の社債なら心配ないか、と隆弘は安堵した。

「いくら買ったの?」

「3,000万円」

「3,000万!?」隆弘は驚いて声を荒げた。

「でも毎年300万円ずつ増えるんだって。しかも絶対に損することないみたいだし」母親は答えた。

「毎年300万円!?」隆弘はまたもや声が大きくなってしまった。

 年利10%の社債なんて大企業が発行するわけがない、隆弘は訝った。

「それ詐欺じゃない? 永田さんって人にもう1回電話かけられる?」隆弘は焦って言った。

 母親は、永田に電話をかけたが繋がらなかった。

 何度も何度もかけたが繋がらなかった。

 やられた、と隆弘は思った。

 

 

「あー典型的な詐欺ですねー」警察が言った。

「お父さんが残してくれたお金なんです。必死に働いてね、あんまり無駄遣いもせずにためたお金なんです。どうにかならないんですか」母親は泣きながら警察に訴えかけていた。

 年金暮らしの母親だが、父親が残していった財産があったからこそ、不自由なく暮らすことが出来ていた。その財産の大半を詐欺師に奪われてしまったことが母親に重くのしかかっているのだろうと隆弘は思った。

 警察は、母親から詳細を聞けるだけ聞きだした後に「こういう詐欺の犯人は、なかなか捕まらないんですけどねー。何か進展ありましたらご連絡します」と言い、隆弘たちを帰路に促した。

 

「永田ってやつはうちに何回か来てたの?」警察署からの帰り道、隆弘がそう聞くと、母親は、うん、と答えた。「何回うちに来たの?」

「3回だったと思う。1回目は普通に断ったんだけど、2回目に来た時にはね、結構話してね、すごく私のことを考えてくれたの、お父さんにお線香もあげてくれたの。それですごい良い人だなと思って。3回目に来た時には、近所の石井さんも社債を買ったって、永田さんが言ってたから、私も買うことに決めたの」母親は、いままでに聞いたことのないような暗い声で言った。今にも泣きそうな声だった。

 実家に着くと父親の仏壇の前で母が泣き出した。悔しさや哀しさ、父親への申し訳なさ、今後の不安などいろいろな思いが交錯しているのだろう。隆弘は泣いている母親を横に何もしてやることが出来なかった。

 隆弘は、翌日の夕方には実家を出て自宅に帰ることにした。

 

 

 

 隆弘の携帯が鳴った。母親からだった。詐欺事件以来、1か月ぶりだった。

「もしもし」

「隆弘? さっきね警察から電話があってね。犯人捕まったんだって!」

「ほんとに!?」隆弘は嬉しい気持ちを抑えきれない様子で声が大きくなった。「じゃあお金返ってくるの?」

「うん。でも裁判をしなくちゃいけないらしくてね、被害者の人がいっぱいいるから弁護団っていうのに頼まなくちゃいけないらしいの。でもね、こういう詐欺事件のケースではね、裁判で負けることはないと思っても大丈夫なんだって」

「そっか。よかった」隆弘は安堵した。

「それでね、裁判を起こすにためにやっぱりこういうのはお金が必要だから、返ってくるお金の5%を集めてるみたいでね、今日弁護団の人に渡して来たの」

「5%って150万円ってこと!?」

「そう」

 隆弘は不審に思ったが、3,000万円が返ってくることを考えると、まあそういうものかと自分を納得させた。

「いつお金返ってくるの?」

「大体1か月後くらいには返ってくるらしい」

「そっか。わかった。また何かあったら連絡ちょうだい」そう言って電話を切った。

 

 1か月後に母親から電話があった。

 お金が返ってきたとの連絡だと思って隆弘は心が弾んだ。

 隆弘は、もしもし、と高い気持ちを隠せない軽やかな声で電話に出たが、すぐに声色が変わった。

 弁護団と連絡が取れなくなった、と母親が言った。

 

 

(第2話へ続く)